神話時代2  天皇氏・地皇氏・人皇氏

 

天地開闢の後、『帝王世紀』は天皇氏・地皇氏・人皇氏を紹介しています。但しその記述は非常に簡単です。

「天地が開闢してから、天皇氏、地皇氏、人皇氏が現れた。あるいは冬に穴を掘って夏に巣(簡単な家)を造り、あるいは鳥獣の肉を食べた。」

 

天皇氏・地皇氏・人皇氏に関しては日本でもよく読まれている『十八史略』にも記述があります。

「天皇氏は木徳の王で、摂提(寅年)に起きた。無為によって天下を治めた。兄弟は十二人おり、それぞれ一万八千年生きた。

地皇氏は火徳の王で、兄弟は同じく十二人、それぞれ一万八千年生きた。

人皇氏は兄弟九人で、分かれて九州の長となった。合わせて百五十世続き、全部で四万五千六百年に及んだ。」

 

木徳、火徳というのは五行説に基づく考えで、古代の帝王は五行(木・火・土・金・水)の運行に則る徳を持つとされていました。今後も火徳の王、水徳の王といった概念が頻繁に出てきます。

「九州」はいくつかの説がありますが、天下、世界という意味だと思います。もっと具体的に中国全土(冀州・兗州・青州・徐州・揚州・荊州・豫州・梁州・雍州)とすることもあります。

 

天皇・地皇・人皇に関する神話伝説は他にも残されています。以下、『史記・三皇本紀』から引用します(上述の『十八史略』は『史記』を元にしています)

「天地が成立したばかりの時、天皇氏がおり、十二の頭があった(下述する十二人兄弟を指すと思われます)。澹泊(清静寡欲)で行動することがなかったが、風俗が自然に治まった(澹泊無所施為而俗自化)。木徳の王で、歳は攝提に起きた。兄弟十二人がそれぞれ一万八千歳(年)立った。

地皇氏は十一頭で、火徳の王であり、一姓十一人が熊耳・龍門等の山に興きた(『十八史略』では十二人兄弟です)。また、それぞれ一万八千歳立った。

人皇氏は九頭で、雲車に乗り、六羽を駕し、谷口を出た。兄弟九人が分かれて九州の長となり、それぞれ城邑を建てた。前後百五十世、合わせて四万五千六百年である。」

 

『綱鑑易知録』を見ると、少し詳しく書かれています。

「天皇氏は一姓十三人で、盤古氏を継いで天下を治めた。澹泊無為だったが、天下が治まった。始めて干支の名を制定して、歳の所在を定めた(干支によって年を表しました。『綱鑑易知録』は十干十二支を説明していますが、省略します)

(天皇氏は)兄弟がそれぞれ一万八千歳(年)在位した。

天皇氏を継いだ地皇氏は一姓十一人で、三辰(日・月・星)を定めて昼と夜を分け、三十日を一月とした。

(地皇氏は)兄弟がそれぞれ一万八千歳(年)在位した。

地皇氏を継いだ人皇氏は一姓九人で、山川を観察して九区に分け、それぞれ一方に住んだ。そのため『居方氏』ともいう。この頃になって、政教や君臣の関係が自然に起こり、飲食や男女の関係が自然に始まった。『九皇氏』ともいい、兄弟合わせて四万五千六百年である。」

 

以上が天皇氏、地皇氏、人皇氏の記述です。

 

『帝王世紀』にはこのような記述もあります。

「天皇大帝は耀魄宝。地皇は天一。人皇は太一。」

 

「耀魄宝」は天帝星を指します。天帝星とは北極五星といわれる星座の中で最も尊い存在の星のようです。

「天一」と「太一」も星の名前です。天一と太一は同じ星を指すという説もありますが、ここでは異なる星としています。

この記述による天皇、地皇、人皇は星の化身としての神であり、古代の星辰崇拝によって生み出されたものであると考えられます。

 

 

次回は有巣氏と燧人氏の時代です。

神話時代3 有巣氏 燧人氏

 

 

神話時代1  天地開闢

 

中国の神話はとても散乱としており、日本の『古事記』や『日本書紀』のような系統だった神話とは大きく異なります。これは万世一系の天皇制を守ってきた日本の歴史と、禅譲・放伐による易姓革命を繰り返してきた中国の歴史との違い、また、広大な大地に多数の民族を擁する中国の複雑さが大きな原因だと考えられます。

 

世界中の多くの神話が「天地開闢」「天地創造」から始まると思います。中国の神話にも「天地開闢」の話があります。その代表が「盤古神話」です。

 

柏楊の『中国史年表』は冒頭に「盤古神話」を置いています。

 

「盤古」の時代
「盤古は天地を開闢した。盤古は中国人の始祖である。
大昔、天地は混沌とし卵の中身のようだった。盤古はその中に生まれた。天地が開け、陽の気は澄んで天となり、陰の気は濁って地となった。天は日々一丈高くなり、地は日々一丈厚くなった。こうして一万八千年経ち、天は非常に高く、地は非常に厚くなり、盤古自身も成長した。盤古が死ぬと、頭は五嶽となり、目は太陽と月となり、脂膏は川や海となり、毛髪は草木となり、泣いた時の涙は江・河となり、気は風となり、声は雷となり、瞳は電となり、喜びは晴れとなり、怒りは曇りとなった。」

 

この盤古神話は三国時代、呉国の徐整が書いた『三五歴記』(『三五歴紀』『三五歴』ともいいます)のものが最古といわれています。大筋は上述『中国歴史年表』の内容と同じですが、盤古の死後に形成された大地や自然現象の内容が一部異なるので、『三五歴記』からも抜粋します。

「盤古が死ぬと体が変化し、気は風雲となり、声は雷霆となり、左眼は日(太陽)になり、右目は月になり、四肢五体は四極五岳(東西南北の果てと東岳泰山・西岳華山・南岳衡山・北岳恒山・中岳嵩山)になり、血液は江河(長江と黄河)になり、筋脈は地里となり、肌肉は田土となり、髪は星辰となり、皮膚は草木となり、歯骨は金石となり、精髄は珠玉となり、汗流は雨沢となった。体に住んでいた諸虫は風に感応して黎甿(民衆)となった。」

 

『三五歴記』以降、盤古に関わる様々な神話が語り伝えられたようです。『中国歴史年表』の内容もその一つだと思われます。

五岳に関しては「頭が東岳、腹が中岳、左腕が南岳、右腕が北岳、足が西岳になった」ともいわれています。

天地の分離と共に巨神・盤古が生まれて成長し、その死によって山河や草木、更には風や雷といった自然現象が形成された、このような神話は世界各地に見られると思われます。

 

一方、太古に関する記述をまとめた『帝王世紀』には、盤古の存在がありません。より中国哲学的な形で天地開闢が語られています。一部、張衡(東漢)の『霊憲』から補足しながら、意訳してみます。

「天地がまだ分かれていない状態を『太易』という。

元気が始めて芽生える状態を『太初』という。

気が始めて形になる状態を『太始』という。

形が変わって質を持つことを『太素』という。『太素』の前は幽清寂寞として現象がなく、ただ虚であり無の状態である。これが道の根(根本)であろう。

道の根が既に建ったら、無から有が生まれる。

『太素』で始めて質が芽生えるが、まだその兆はなく、気と同じ色で、混沌として分かれることがない。これを『龐洪』という。道の幹であろう。

道の幹ができたら、万物が体を成し、こうして剛と柔が始めて分かれ、清濁が始めて位置を決める。天が外に成り、地が内に定まる。天体は陽の質を持つので、円くて動くことができる。地体は陰の質を持つので、平で静かである。これが道の実であろう。

質と形がともに備わった状態を『太極』という。」

 

「太易」「太初」「太始」「太素」「太極」は「先天五太」といい、物質世界が形成される前段階として『列子』等でも語られています。簡単に言うと:

「太易」は全く何もない虚無の状態

「太初」は元気(万物の元となる物質)が存在するが、「形」も「質」もない状態

「太始」は気から「形」が造られるものの、「質」をともなわない状態

「太素」は「形」が「質」をもつが、体を成さない状態

「太極」は「形」と「質」が完成した状態

です。

 

「気」とは何か、「道」とは何か、「太極」とは何か等々、古くから議論が繰り返されており、様々な解釈があります。非常に難しい哲学的な内容で、理解が難しいのでこれ以上は触れません。

 

『綱鑑易知録』は太極から盤古氏に至る経緯をこう書いています。

「太極が両儀(陰・陽)を生み、両儀が四象(太陽・少陽・太陰・少陰)を生み、四象が変化して庶類(万物)が繁茂した。

言い伝えによると、最初に現れて世を治めた者を盤古氏といい、または渾敦氏ともいう。」

 

『綱鑑易知録』では、盤古氏の跡を継いだのは天皇氏としています。

次回は天皇・地皇・人皇の時代です。

神話時代2  天皇氏・地皇氏・人皇氏

 

 

 

 

神話・伝説時代に入る前に

 

「神話時代」と「伝説時代」

ある国や民族の通史を眺める時、通常は原始人の生活や文明の成り立ちから解説が始まります。

例えば中国史においては

 170万年前 雲南省元謀 元謀猿人

 70~20万年前 北京市周口店 北京猿人

 約1.6万年前 北京市周口店 山頂洞人

(ここまでは旧石器時代、以下は新石器時代)

 約5千年前 浙江省余姚河姆渡村 河姆渡遺跡

 約5千年前 陝西省西安半坡村 半坡遺跡

 約4千年前 山東省大汶口 大汶口遺跡

等々が歴史を語るうえで最初に紹介されます。

 

しかし、この「通史」では、こういった考古学的な内容は全て省略し、文献に残された神話・伝説の時代から始めることにします。

 

以下、台湾の柏楊による『中国歴史年表』から引用します。

「全ての民族が創世神話をもつ。中華民族も同じである。創世神話は億万年よりも遥かに長い、非常にゆっくりした時代である。しかし史書にはほんの数ページしか記されることがない。

世界、中国、そして人類の起源に関して、中国には中国の神話が存在する。それは盤古の天地開闢から始まり、三皇、五氏と続く。この時代は中華民族における原始社会の景観を描き出している。」

 

これは「神話時代」の解説です。

柏陽の『中国歴史年表』は天地開闢から「三皇」「五氏」の時代までを「神話時代」とし、「五帝」の時代を「伝説時代」としています(「三皇」「五氏」「五帝」に関しては後述します)

 

以下、「伝説時代」の解説です。

「伝説時代の史料は、神話時代に較べれば真実味があり受け入れられやすい。中国の伝説の時代、すなわち黄帝王朝は七人の君主(黄帝、少昊、顓頊、嚳、摯、堯、舜)が存在し、真偽が入り混じった故事が断片的に存在する時代である。中でも唐堯帝・尹祁放勲と虞舜帝・姚重華は、非常に長い期間、二十世紀に至るまで、瑕疵が無い神聖な存在といわれ、歴代帝王が学ぶべき人物像として美化されてきた。」

 

私の『通史』でも柏楊の『中国歴史年表』に倣って「神話時代」と「伝説時代」という区分を用います。

 

 

「三皇五帝」

上述の通り、「神話時代」は天地開闢から三皇(または五氏)までの時代で、「伝説時代」は五帝の時代に当たります。

それでは、「三皇」「五帝」とは誰を指すのか、というと、諸説があります。柏楊は「三皇」と「五帝」の間に「五氏」を置いていますが、これは珍しい区分の仕方です。

以下、柏楊の『中国歴史年表』による区分です。

「三皇」・・・天皇・地皇・人皇
「五氏」・・・有巣氏・燧人氏・伏羲氏(庖犠氏)・女媧氏・神農氏

(ここまで神話時代)

「五帝」(伝説時代)・・・黄帝・顓頊・嚳・堯・舜

 

『帝王世紀』はこう書いています。

「三皇」・・・伏羲・神農・黄帝

「五帝」・・・少昊・顓頊・嚳・堯・舜

これは日本でも広く読まれている『十八史略』(元代・曾先之)と同じです。

 

漢代に書かれた司馬遷の『史記』は『五帝本紀』から始まり、五帝を「黄帝・顓頊・嚳・堯・舜」としました。

時代が下り唐代になって司馬貞が『史記』に『三皇本紀』を加筆しました。そこでは三皇を「伏羲・女媧・神農」とし、一説として「天皇・地皇・人皇を三皇とすることもある」と紹介しています。

 

このように誰を「三皇」「五帝」にするかについては一定した説がありません。

上記の組み合わせ以外にも、「三皇」を「燧人氏・伏羲氏・神農氏」としたり、「五帝」を「太昊(伏羲)・炎帝・黄帝・少昊・顓頊」とすることもあります。

 

私の「通史」では「三皇」は明確にせず、「五帝」は『史記』等にあわせて「黄帝・顓頊・嚳・堯・舜」とします。

簡単にまとめると、神農以前の時代が「神話時代」、黄帝から堯・舜までが「伝説時代」、その後に続く夏王朝からまた新たな時代が始まる、ということになります。

 

 

次回は神話時代の始まり、天地開闢です。

神話時代1  天地開闢

 

 

 

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参考文献紹介

 

参考文献を簡単に紹介します。

 

『正史』

正史は『史記』『漢書』『後漢書』『三国志』『晋書』等、各時代に編纂された紀伝体の史書です。

この通史では各時代の『正史』から「本紀」を引用して柱とし、必要に応じて「列伝」等からも抜粋します。

 

『帝王世紀』

東漢から三国魏を経て西晋時代まで生きた皇甫謐による史書です。

天地開闢から漢魏にいたる帝王の世系がまとめられており、特に三皇五帝に関して詳しい紹介がされています。

 

『竹書紀年』(別名『汲冢紀年』)

春秋時代・晋国と戦国時代・魏国の史官によって書かれた編年通史です。西晋時代に発掘されました。

五帝から始まり、戦国時代・魏に至るまでの出来事が書かれています。『史記』等の伝統的な史書と異なる内容も多く、戦国時代以前の歴史を語る上では欠かせない存在となっています。

『今本竹書紀年』と『古本竹書紀年』の二種類がありますが、『今本』は偽書(後世に偽造された書)ともいわれています。

 

『資治通鑑外紀』(及び『目録』)

北宋の劉恕によって書かれた編年体の史書です。司馬光が編纂した『資治通鑑』は戦国時代から始まるため、それ以前を補うために書かれました。

天地開闢から戦国時代初期までの歴史が書かれています。

『外紀目録』は年表になります。

 

『資治通鑑前編』(および『挙要』)

宋末元初の金履祥によって書かれた編年体の史書です。『資治通鑑外紀』が『春秋左氏伝』を疎かにし、『国語』の記述を重視していたことに不満で、改めて『資治通鑑』より前の時代が編纂されました。

帝堯から戦国時代初期に至る歴史が書かれています。

『前編挙要』は目録・年表のような存在です

 

『春秋左氏伝』

作者は左丘明とされていますが、異説もあります。戦国時代に書かれた春秋時代を扱う史書です。

 

『資治通鑑』

北宋の司馬光が監修して編纂された編年体の史書です。戦国時代から秦漢、魏晋南北朝、隋唐、五代を経て北宋が統一するまでの長い歴史が書かれています。

 

『綱鑑易知録』

清代の呉乗権が編纂した通史で、太古の盤古氏から清による天下統一までの歴史を分かりやすくまとめています。『十八史略』ほど簡単すぎず、『資治通鑑』ほど複雑ではないので、中国では広く読まれていました。

 

 

文中の日付は以下書籍を参考にします(本文では出典を注記しません)

春秋時代まで → 楊伯峻『春秋左伝注』

戦国時代以降 → 中華書局版『白話資治通鑑』

東漢後期・三国時代 → 筑摩書房『三国志(訳本)

その他全般 →『二十四史朔閏表』『中国歴代帝王世系年表』

 

 

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趣味の中国史 挨拶

 

私は趣味で中国史をかじっており、どうせなら書籍から得た知識を文章にして残しておこうと思ったので、中国通史を作ることにしました。

以前、Yahooのブログで連載していた『趣味の中国通史』の新版です。

Yahooブログ『趣味の中国通史』

https://blogs.yahoo.co.jp/sanokuangxian/34294366.html

 

今回、新しく掲載し直すに当たって、多くの誤訳を発見したので、訂正しながら更新しています。

誤字・脱文・誤訳等、御指摘いただけると幸いです。

 

宜しくお願いいたします。

写真は2018年2月の北京です

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